Posts in Category: 雑感

2018/01/10 帰ってきました。

先ほどミラノから帰国しました。部屋が冷え切ってて寒いです。成田からの道中、首都高の渋滞で東京に帰ってきたことを実感しました。明日からは普通の日々が始まるのでまずは荷ほどきをしっかり。おそば食べたい。

エール・フランス。ミラノのリナーテ空港からパリのシャルル・ド・ゴール空港で乗り換え成田便に。

2017/12/27 行ってきます。

ドタバタと準備をして午前中の飛行機でひとまずパリへ。20年以上ぶりです。昔泊まっていたカルチェラタンの安宿のあたりとか、どうなっているだろうか。いろいろ楽しみです。今年もいつもながらいろいろあった年でした。お世話になった皆さまに本当に感謝です。良いお年をお迎えください。来年も素敵な一年でありますように。

さようなら2017年の東京。師走某日都内某所にて。なんてことない風景だけど、晴れてて寒くて空気が澄んでて遠くにスカイツリーが見えてて気分が良かった。

2017/12/13 葉書

先日、見慣れない差出人から葉書が届いた。薄墨で書かれているので訃報の知らせだろうと思ってはいたのだが、読んで衝撃を受けた。自分とほぼ同い年の友人の訃報を知らせる彼の細君からのものだったからだ。住んでいる場所が離れているので最近は年賀状のやり取りだけの付き合いになっていたとはいえ、突然の知らせに動揺した。しかも亡くなったのは今年の2月だという。
初めて彼に会ったのは1994年の初夏、中国の新疆ウイグル自治区のカシュガルという町。其尼巴合賓館(Chini Bagh Hotel)のドミトリー。自分はネパールからチベットに入ってヒッチハイクでカシュガルに抜けてきたところで、彼は東から西へシルクロードの遺跡をたどってカシュガルにたどり着いたところだった。ドミトリーのベッドが近かったので自然に話すようになる。いつもインディ・ジョーンズが被っているような帽子を被っていて関西訛り、きれいな中国語を操るのが印象的な男だった。大学を卒業して、中国国内の遺跡を訪ねて回る長い旅をしているとのことだった。大学では考古学を専攻して、考古学者への道を模索している時期だったのだろう。考古学者としての仕事の口はなかなかないのだ、とこぼしていたのを覚えている。自分もぼんやりと写真の道に進みたいとは思っていたものの、何から始めればいいのやらさっぱりわからず、自分の将来に対する漠然とした不安を抱えながら途方に暮れていた時期だった。彼のしてくれる遺跡や考古学に関する話は全く自分の知らない世界の話で非常に興味深かったし、将来に対する期待や不安みたいなものも似たような温度感で共有できていたのだろうと思う。昼間はそれぞれ好きな時間を過ごして、夜になるとドミトリーにいる何人かの日本人旅行者と連れ立って安い中華料理や羊の串焼きを食べに出かけて、新疆ビールを飲みながら旅の話だけにとどまらずいろんな話をした。そんな日々が楽しくて3日くらいで出ようと思っていたカシュガルの街のあまりの居心地の良さに3週間くらいのんびりしていたように記憶している。それから自分はカラコルム・ハイウェイを通ってパキスタンに入り西へ向かい、彼はそのまま中国国内の遺跡を訪ねる旅を続けることになる。しばらくしてお互い帰国。
帰国してから彼は郷里の鳥取県に戻り、自分は東京でなんとか今の仕事を始めた。彼が東京に来る時には会って食事をしたり、年賀状で近況を短く伝えあったりしている付き合いが続く中、ついに彼は念願の考古学と遺跡発掘の研究員としての職を得る。それからもずっと年賀状や文面でのやり取りが続いていた。今年も年賀状の用意をしようとしていた矢先の突然の訃報。
今思えばラインどころかメールすら使わなかったのが不思議だ。カシュガルで会ったあの時、自分たちは「何者か」になりたかった。彼は多分「何者か」になれたのだろうと思う。お互い「何者か」なりたくてもがいていた時期のあの濃い時間を共有した後では今風のSNS的なつながりは必要がなかった。年賀状のはしっこの細かい字で書いた3行くらいの近況を知らせる文章が時間も場所もやっていることの領域も越えてつながらせてくれた。葉書でなくても、そのへんのメモ用紙に書いたメモみたいな短文でもよかったのかもしれない。
もう彼からのポストカードや年賀状が来ることはなく、彼の書いた文字も読むことはできないのだと思うとたまらなく悲しく、寂しい。濱くん、さようなら。安らかな旅立ちをお祈り申し上げます。おれはぜんぜん「何者か」にはなれてないわ。まだまだです。

当時使っていたガイドブックを開いてみる。この地図見ながらみんなで一緒にサンデーマーケット行ったよね。夏前でまだ市場に名物のハミクワが出てなくて食べれなかったっけ。ホテルの近くの清真食堂で食ったラグメンうまかったよな。なつかしい。

2017/03/25 Started blooming

仕事から帰ってきて久々に図書館まで歩いてみました。桜並木がある某公園のほとりを歩いていくのですが、もう桜が咲き始めていてちょっと驚きました。まだまだ寒い日が続いているけど、土の中では季節が順調に進んでいるようです。

2017/03/11 月読寺

ちょっと早起きして精進のおにぎりを作って、江ノ電に乗って以前から興味のあった座禅に行ってきました。普段あまり味わうことのできない時間を、ビギナーなりに楽しみながら過ごさせていただきました。ありがとうございます。また行こうと思います。

帰り際に稲村ヶ崎海岸に出て少し散歩。晴れてて気分がよかった。右の方には江ノ島も見える。

2017/01/09 帰ってきました。

無事にアムステルダムからの便で帰ってきました。日常に戻るべく、まずは荷ほどきをしっかり。今年もよろしくお願いいたします。
そういえば。行きの飛行機で「シン・ゴジラ」と「The bucket list」を観て困惑気味な気分でアムステルダムに入り、帰りの飛行機で「君の名は」と「007カジノ・ロワイヤル」と「ブラック・スワン」を一気に観て混乱気味な気分で東京に帰ってきた。「君の名は」の終盤では涙が止まらなくて困ってしまった。今さらだけれど、すごい作品だ。絶対もう一度観よう。今まであまりちゃんと聞いたことがなかったけど、劇中で使用されているRadwinpsの楽曲もよかった。言葉選びのセンスが素晴らしいと思う。

アムステルダムで滞在していたホテルの窓からの眺め。2016/01/08チェックアウト前、10:20頃。ようやく明るくなり始めたくらい。

2016/12/26 行ってきます。

無事に仕事納めを終えて休暇に入ります。午前中の飛行機でひとまずアムステルダムへ。今年もいつもながらいろいろあった年でした。お世話になった皆さまに本当に感謝です。良いお年をお迎えください。来年も素敵な一年でありますように。

さようなら2016年の東京。師走某日都内某所。

2016/12/17 Medus

Medusというのはラトビア語で蜂蜜のこと。6月にラトビアのリガで買ってきた蜂蜜を12月も後半になってやっと開封しました。ラトビアは蜂蜜の名産地と聞いて、宿近くのこちらのお店で買い求めたのでした。お店には何種類もの違う花から採れた蜂蜜が置いてあって、ほとんどがテイスティング可能。スタッフの女性がとても熱心に説明してくれました。花の違いで色も味も全然違っていてびっくり。さて、現地で味わって買ってきた蜂蜜は東京ではどんな味がするんだろう。楽しみ。行ったのはたった半年前のことなのに、懐かしくてグーグルマップのストリートビューでしばらく遊んでしまいました。

左の色が鮮やかなオレンジ色の方が菩提樹、右の濃い色の方が蕎麦から採れた蜂蜜。透過光で撮るとかなりビビッドな発色に写ります。現地では菩提樹はわりとナチュラル、蕎麦のほうがかなり独特な味わいだったと感じたのですが、はてさて。ラベルのデザインもかなり素敵だと思います。

2016/10/04 またね、ジョン。

よくジムで一緒に遊んでもらっていたソフビ職人でクライマーのジョンがあさってアメリカに帰る。
ということでジム帰りに江戸川橋の「いずみ」で送別会的な飲み会に誘ってもらった。主にいつも一緒に登っているクライマーばかりだったので、普段通りの飲み会に近い雰囲気で楽しかった。ちょっと顔出すつもりが結局終電まで。明日10/6の11時頃の飛行機で帰国するとのこと。荷造り進んでるかな?来年また日本に来る予定らしいのでしばしの別れ。またね、ジョン。

深夜の江戸川橋「いずみ」にて。
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2016/06/12 帰ってきました。

先ほど帰国しました。たった一週間日本を離れていただけですが、ずいぶん蒸し暑くなったと感じます。
明日からは通常通りの日々がまた始まります。

SVO→RNT/SU260 乗り継ぎのモスクワは雨でした。_DSF3936