Posts in Category: 美術館・美術展

2018/05/06 エミール・ガレ 自然の蒐集展

GW最終日、渋滞予測は出てるけど実際は大したことないと踏んで箱根のポーラ美術館に行ってきました。前から行ってみたかったのですが、今回ようやく。見に行ったのはエミール・ガレ/自然の蒐集展。ガレのガラス器展が素晴らしくないわけがなく、十分に堪能。昆虫の標本や博物画、モネやセザンヌの絵画と一緒に展示してあったりと創意工夫を凝らした内容でした。素晴らしい。開館と同時に現地入りしてのんびり館内を回ってコーヒー飲んだりして昼過ぎには箱根を後にして御殿場で昼食を食べて帰途へ。箱根にあるにもかかわらず、大半が地下にある美術館とのことでどんな感じなんだろうと思っていたのですが、大きな窓と建材(内観はガラスがメイン)のせいか明るくて非常に美しくて構造的にもユニークな建造物。次回の展示も楽しそうなのでまた次回は夏にやってこようと思います。帰る時間が早かったせいか、予想通り渋滞にはほぼ捕まらずに午後の早い時間には帰宅。

山笑う。今の時期の緑は本当に美しい。美術館すぐ横の小山。

2018/04/12 都市写真展

都市写真展、サブタイトルがウィリアムクラインと22世紀を生きる写真家たち。六本木ミッドタウンの敷地にある21_21 DESIGN SIGHTへ。
20代前半の頃、六本木の青山ブックセンターでウィリアムクラインのNEW YORKという写真集を見て衝撃を受けました。暴力的ともいえる激しい画面のアレ、ブレ、ボケ。ファインダーを覗いて撮っていないのではないかと思うような無謀なフレーミング。しかしニューヨークという街の猥雑さと、そこに住む人間のむき出しの欲望みたいなものが活写され、画面に定着され、一冊の写真集として成立していることに驚愕。アレブレボケの写真といえば森山大道や中平卓馬の写真は知っていたけど、彼らの作品はどこか詩的な雰囲気がすると感じていました。一方、ウィリアムクラインの暴力的な写真からにじみ出る人間の持つ狂気に似た生きるエネルギーの渦の匂い。同じようなテイストを表す言葉だけど、写真表現の内容のあまりの違いに愕然。その頃の自分は美しい光で柔らかい雰囲気の写真を撮ることに夢中だったので、写真表現的に全く違うアプローチに刮目したのでした。どうやったらこんな狂気の匂いのする写真が撮れるのか、そもそも狙って撮れるのか。それ以前に写真に対する考え方をどう変えればいいのか。その時の自分にとって画期的ともいえる写真集との出会いでした。
第一部、今回のウィリアムクラインの写真の展示はオリジナルプリントを展示するという方法ではなく、広い会場内にマルチプロジェクションで過去の写真をタイポグラフィとともに投影するという方法。オリジナルプリントが見たいと思っていたけれど、考えてみたら、ルポやファッションや映画などのジャンルをまたいで活躍する氏の作品の展示にはこちらの方がふさわしいやり方かもしれないと思いました。それにしてもマルチプロジェクションという斬新な展示方法になっても、写真のインパクトは変わらないのには正直驚いた。いや、むしろインパクトが増してるし。プリントを凝視するのではなくて、頭の中にイメージを一瞬だけ置いてもらう方が、想像力をかき立てられるということなのだろうか。凝視すると見えなくなってしまうものがあるということか。凝視するよりも瞬視の方が脳内でイメージの本質や意味を掴みやすいのかもしれない。面白い。映像表現のジャンルが変わっても一貫しているのは都市に住んでいる人間を描いているということ。そこがブレてないのでこういう展示方法が可能になるのだと思った。個人的にはコンタクトプリント(ベタ焼き)が一瞬でも見れたのが興味深いところ。
第二部は都市に目を向ける次世代の写真家たちの展示。個人的に面白かったのは沈昭良の移動式の大型ステージトラックを撮った台湾での一連の写真が興味深かった。水島貴大の大田区のストリートスナップ。あの場面でシャッターを切ることのできる人間関係を作れるのがすごい。多和田有希の写真を物質化して考えてみるアプローチが自分にとってとても新鮮だった。写真の一部を切り取ってその影も同時に展示するという方法は自分では絶対に思いつかない。

建物のデザインが素晴らしくカッコいい。手前は展示のスタート、奥は出口。窓の外に藤原聡志の作品がうっすら写っている。

2018/04/05 サヴィニャック展

サヴィニャック展。ちょっと前からやっているのは知っていて気になってはいたのだけど、会期も終わりに終わりに近いということでやはり行っておこうと。ポスターと原画とが見れるとのことだったのだけど、ポスターのサイズが思っていたよりずっと大きくてびっくり。原画もすぐ近くに展示してあるのでどこの部分のテイストが最終的にどうなったのかをつぶさに見れるのが面白い。温かみがある線でポップな色を使って誰にでもわかりやすい表現なんだけど、ちょっと皮肉も利いていたりするとても魅力的な画とポスター。意外なところだと豊島園や日本のメーカーのポスターもあったり。街のスナップを撮っていて思うのだけれど、その時代をもっとも如実に表すのは街にあふれている広告だと思う。写真に写っている人たちの服装や髪型やメイクよりも、断然街の広告がより時代を感じさせる重要な要素になっていると感じる。今回の展示は第二次世界大戦後の1950年代、ある意味女性的なパリという街の時代の雰囲気も感じられる素敵な展示だった。時を越える優れたデザインというのは、わかりやすさを越えてにじみ出る作者の心意気が感じられる。それにしてもあの時代のポスターのカッコよさはカッサンドルが一番と思っていたのだけど、サヴィニャックのユーモアあふれるタッチもこれまた素敵。レトロでモダンっていいなぁ。今の日本の気分を如実に表現しているであろう街にあふれる広告は、60年後にはどういう風に映るのだろう。

美術館の前はちょっとした公園になっている。白い象がいた。お釈迦さまとか普賢菩薩の乗り物で聖なる動物のはずだが、子供たちの恰好の遊び仲間でもあるようだ。

2018/03/08 ブリューゲル展

雨の中、午後から上野の東京都美術館へブリューゲル展を見に。1月からやっていたのは知っていたけど、ちょっとバタついていてやっと行くことができた。副題は画家一族150年の系譜、とのこと。ピーテル・ブリューゲル1世から始まって曾孫の代まで画家のブリューゲルさんがたくさんいらっしゃる。得意な画題もそれぞれ違っていたりしているので、ブリューゲル一族の系譜としての視点というのは面白いと思っていたのでした。展示は7つの部屋に分かれていて、それぞれテーマごとにブリューゲル一族の画と共に同時代の画家たちの画も展示されていた。部屋のテーマは「宗教と道徳」、「自然へのまなざし」、「冬の風景と城砦」、「旅の風景と物語」、「寓意と神話」、「静物画の隆盛」、「農民たちの踊り」。ヒエロニムス・ボッシュの後継者的な立場としての奇妙な生き物(?)が画面にたくさん登場する不思議ワールドの作品がたくさん展示されているのかなと思っていたのだけど、そうではなかった(一部あり)。庶民や農民を温かいまなざしで描いた作品が多くて、大きな作品はあまりなく小さめの作品が多かった印象。個人的に興味深かったのは5つ目の「寓意と神話」セクション以降。平和、戦争の他に聴覚や嗅覚の寓意、四大元素の大地や水や大気や火を画題にしてみるという発想、それ自体が非常に興味深い。6つ目のセクションの静物画の数々。花のブリューゲルと呼ばれるヤン・ブリューゲル1世(ピーテル・ブリューゲル1世の次男)の作品の作品がいくつかあってすぐに目がいく。なんというか独特の存在感があって、そこにあるとすぐにわかる。あの存在感のエッセンスは一体なんなのだろうか。色、画面構成、質感描写などいろいろ考えてみるけど、そのどれでもない総合的で独特の「何か」としか言いようがないもの。最後の農民たちの踊りのセクションは農民の画家とも言われたブリューゲルの十八番だろう。ちょっと数は少なかったけど。やはりブリューゲルの群像画は世代をまたいでも見ていて楽しい。画面の隅まで書き込まれた細部が見るほどに語りだす。細かくかき分けられた人々の表情や仕草も見ていて飽きない。でもやっぱ個人的にはピーテル・ブリューゲル1世の画が一番好きかもしれない。

雨のせいか混んでいなくてじっくり見れた。オーディオガイドの声優さんがとても良かった。石田彰さんという方だそうだ。

2017/12/27~2018/01/09 “Trip in PARIS/France,MILANO/Italy” 備忘録

Musée d’Orsay

2017/12/06 熊谷守一展

なかなか回顧展を見ることができなかった。今回没後40年ということで竹橋の東京国立近代美術館で熊谷守一展が企画されたようだ。だいぶ前に豊島区の熊谷守一美術館に仕事でうかがったのが熊谷氏の画にふれたきっかけ。その時に「夕暮れ」という題名の太陽を描いた画を見たとき、光に照らされた対象を描くのではなく、光源自体を画にするという発想に驚いたのでした。
画学生だった頃の作品からじっくり。独自のスタイルを身につけて「熊谷守一」になっていく転換点的な画や独自の表現を身につけた後の作品まで全部で200点以上。平日の午後ということもあって人も思ったよりも少なくてのんびり自分のペースで鑑賞できた。すごいと思ったのはやはり今回も70歳からの作品群。80歳以降の作品の色使いのビビッドさ。画題の選び方と組み合わせの感覚。70代の中盤で身体の具合が良くなくなって、ほとんどの時間を庭で植物や蝶や蟻や猫を観察しながら暮らしていたのだという。そこにあって当たり前ともいえる身近な事物の中に自分なりの視点で面白がれることを見つけて、それを卓越した観察眼と独自の表現テクニックで作品として昇華させることができるんだ。あんな風に何事も自分なりに面白がれる好奇心をいつまでも持ち続けられたら素晴らしいこと。

東京国立近代美術館のエントランス付近に並べられていた椅子に陽が差していた。

2017/11/24 ゴッホ展

午後に時間が作れた。怖い絵展のすごい行列を横目にゴッホ展を観に都美館へ。今回の展示のテーマはゴッホが受けた日本からの影響という視点。ゴッホは浮世絵や日本に関する文献を収集して、独自の日本観を持っていたようだ。去年アムステルダムに行った時にゴッホ美術館で見た作品が多数あるのはわかっていたのだけれど、そういう視点での展示も面白いだろうと。それに展示のテーマがどうであれ、ゴッホの絵なら何回観てもいい。
ゴッホが影響を受けたであろう広重の東海道五十三次の浮世絵も展示されていた。刷りも保存状態も良好。浮世絵はニトリ蔵の作品が多くて意外の思い。目玉であろう渓斎英泉の「雲龍打掛の花魁」とそれをゴッホが模写した作品の対比も非常に興味深かった。どこに力点を置いて描いて、どこを省略したのかを観ることができた。そしてそれはなぜなのだろうかと自分なりに仮説を立てて楽しむことができる。展示の後半はゴッホの死後、主治医(とその家族)のもとを訪れた日本人の芳名録関連の展示が多数。その辺りはちょっと省略してさらっと見るにとどめた。「渓谷(レ・ペイルレ)」や「ポプラ林の中の二人」も初めて見る作品だったし、アルル時代に描かれた「寝室」をもう一度観れてよかった。

この木は何かに似てると思ってしばらく考えた。そうか、リトル・ミイの髪型か。上野公園を通って上野駅に向かう途中で。

2017/11/14 運慶展

御徒町のアーンドラキッチンで昼を食べてから、行きたかった運慶展を観に東京国立博物館へ。エントランスに着いてみると入場まで30分待ちとの表示。雨が降っている中で並ぶのは嫌なので帰ろうかと思ったけど、会期中に来られるのは今日しかないので腹を決める。ちょうど30分くらいの待ちだったと思うけど、想像していたよりは短く感じた。係員さんによると今日は空いてる方とのこと。そんな感じなので中も当然混雑。初めてオーディオガイドを借りるのに行列をした。いつもならその辺で心が萎えてくるのだが、今回は違った。中はほぼ国宝と重要文化財ばかりと言っていい内容。運慶の父、康慶作の仏像から始まる展示。運慶の四天王の彫刻の迫力の凄いこと、そして如来の表情の穏やかなこと。有名仏師の作った仏像をちょっと観に行ってみるかという認識だったけど、これはもはや彫刻展だと思った。15世紀にミケランジェロがキリスト教に題材をとって大理石に鑿を振るったように、12~13世紀の平安時代から鎌倉時代の日本で運慶は木に鑿を振るっていた。そして800年以上前の運慶が彫った多数の木彫がいい状態で現存しているのは奇跡と言っていいのではないだろうか。今回は博物館での展示。本来お寺に安置してある状態だと、上から下まで適切にライトが当てられた状態で、しかもこんなに近くで細部まで鑑賞することは不可能だろう。今回は横にも裏にも回ってじっくり観ることができる。お寺の雰囲気を楽しみながら拝観するのもいいけれど、こういう企画展でいちどきに会する運慶の彫刻をじっくり観察できるのは稀有な機会。オーディオガイドの解説をじっくり聞いて、解説文をしっかり読んで、お気に入りの仏像を何回も見直したりしながら結構長居してしまった。人いきれの中にいたせいでちょっと疲れたけど、想像をはるかに超えるかっこよさ。疲れ気味だったけど行ってよかった。それにしても評判通りの凄い展示だった。これは混むわけだ。しかしこんなに国宝と重文ばかりの展示をよくぞ実現させてくれたものだと思う。こちらからは見えない苦労が多々あったことだろう。実現させてくれた関係者の皆さんの熱意に頭が下がる。

帰り際に。東京国立博物館の前の噴水の池の中に寛永寺の山門、文殊楼が再現されていて驚いた。開催中の数寄フェスの大巻伸嗣さんの作品だそうだ。雨降ってたけど、みんな楽しそうに写真を撮っていた。

2017/10/22 ヴラマンク展

朝から強い雨。選挙に行ってから中央道に乗って甲府昭和で降りる。下道を北に4kmくらい走ったところに山梨県立美術館がある。そこで9/2からやっているヴラマンク展が気になっていた。クライミングで雨敗退した時にでも行こうかと思っていたのだけど、雨が多かったりなんやかんやで機会がなくて最終日の今日になってしまった。ここはミレーのコレクションでも有名で常設展示をやっている。どっちから見ようかと思ったけど、企画展のヴラマンク展から。ヴラマンクといえば強烈な色使いと堅固なアングルの風景画というイメージだった。それが大好きだったのだけど、今回初めて静物画も見ることができた。セザンヌから影響を受けた初期の作品も初めて見る。補色の扱い方が独特だと感じる。色のトーンでそう感じるのか、タッチのせいなのか。1925年から1955年の全盛期の風景を描いた作品も原色に近い色を多用しているのだけれど、なぜか陰鬱なイメージを受ける。ゴッホとかユトリロの絵から受ける印象と少し似ているのかもしれない。空の描き方でそう感じるのだろうか。色とかコントラストの対比だけでなく、地上と空自体を対比させているようにも感じられたし、昼の中にも夜の雰囲気を感じる。独特な印象を与える不思議な魅力を湛えた画たち。晩年の作品はリトグラフだった。油彩ほど強烈なインパクトはないけれど、彼の色彩感覚のエッセンスが凝縮していると思う。ゆっくり見終わった頃にはお昼時だったので併設のレストランで食事をして、今度はミレーの常設展示室へ。種をまく人の実物を初めて観れた。この展示室はミレーの作品だけではなくて、19世紀の同時代のフランス画家たちの作品も展示されていて見ごたえのある内容。それからもう一つの企画展示室へ。こちらはこの美術館がコレクションしている作品を、あるテーマに沿って展示してみるという趣向のようだ。今回のテーマは「たべる」と「えがく」の不思議な関係、ということのようだ。主に山梨県にゆかりのある作家の作品が多く展示されていた。今まで知らなかった作家の絵もたくさん見れた。日本画、洋画、エッチング、コラージュとバラエティに富んだ展示内容。中にミレーのエッチングもあったりでさらっと流すつもりが結構じっくり楽しんでしまった。なんだかんだでお昼をはさんで半日以上美術館で楽しんだ。午後はホールでチェロの演奏会をやっていたり、子供の絵の展覧会をやっていたようで元気な子供の声がホールに響いていたり。東京の美術館の雰囲気とはちょっと違っていて興味深い。柔らかい雰囲気の美術館。コレクション展は年に4回展示替えをするようなのでまた来たい。

終日強い雨。晴れてたら青い空にレンガの色が映えて素敵なんだろうなと思った。行き帰りの高速道路は50km規制。水煙がすごくて運転はちょっと緊張した。

2017/08/04 アルチンボルド展

午後時間ができたので前から気になっていたアルチンボルド展に行ってきた。今まで自分が見たいと思っていた絵とは明らかに違う雰囲気の絵なのだけど、何となく気になっていたアルチンボルドの絵。
正直、もしかしたら夏休みの子供向けのだまし絵的な視覚的に面白いだけの絵の展示かもしれないと思っていた。会場は確かに夏休みの子供連れが多かったのだけど、心配は全くの杞憂。レオナルドダヴィンチに影響を受け、自然科学に深い関心を抱いて正確なデッサン力と筆力を身につけた画家の非凡な発想の絵。徹底的なリアリズムと正確無比な描写を誰にも真似できない発想で組み合わせて写実画であると同時に非常に魅力的な人物画に仕上げてある。組み合わせという発想の方向性次第でリアリズムはこういう方向に花を咲かせることができるのか。奇想、奇才、唯一無二とはこういうことかと。かなり驚いたし、感動した。

不忍池に寄り道。花もきれいだけど葉の独特の質感もいい。出淤泥而不染、蓮は泥より出でて泥に染まらず。