2018/04/12 都市写真展

都市写真展、サブタイトルがウィリアムクラインと22世紀を生きる写真家たち。六本木ミッドタウンの敷地にある21_21 DESIGN SIGHTへ。
20代前半の頃、六本木の青山ブックセンターでウィリアムクラインのNEW YORKという写真集を見て衝撃を受けました。暴力的ともいえる激しい画面のアレ、ブレ、ボケ。ファインダーを覗いて撮っていないのではないかと思うような無謀なフレーミング。しかしニューヨークという街の猥雑さと、そこに住む人間のむき出しの欲望みたいなものが活写され、画面に定着され、一冊の写真集として成立していることに驚愕。アレブレボケの写真といえば森山大道や中平卓馬の写真は知っていたけど、彼らの作品はどこか詩的な雰囲気がすると感じていました。一方、ウィリアムクラインの暴力的な写真からにじみ出る人間の持つ狂気に似た生きるエネルギーの渦の匂い。同じようなテイストを表す言葉だけど、写真表現の内容のあまりの違いに愕然。その頃の自分は美しい光で柔らかい雰囲気の写真を撮ることに夢中だったので、写真表現的に全く違うアプローチに刮目したのでした。どうやったらこんな狂気の匂いのする写真が撮れるのか、そもそも狙って撮れるのか。それ以前に写真に対する考え方をどう変えればいいのか。その時の自分にとって画期的ともいえる写真集との出会いでした。
第一部、今回のウィリアムクラインの写真の展示はオリジナルプリントを展示するという方法ではなく、広い会場内にマルチプロジェクションで過去の写真をタイポグラフィとともに投影するという方法。オリジナルプリントが見たいと思っていたけれど、考えてみたら、ルポやファッションや映画などのジャンルをまたいで活躍する氏の作品の展示にはこちらの方がふさわしいやり方かもしれないと思いました。それにしてもマルチプロジェクションという斬新な展示方法になっても、写真のインパクトは変わらないのには正直驚いた。いや、むしろインパクトが増してるし。プリントを凝視するのではなくて、頭の中にイメージを一瞬だけ置いてもらう方が、想像力をかき立てられるということなのだろうか。凝視すると見えなくなってしまうものがあるということか。凝視するよりも瞬視の方が脳内でイメージの本質や意味を掴みやすいのかもしれない。面白い。映像表現のジャンルが変わっても一貫しているのは都市に住んでいる人間を描いているということ。そこがブレてないのでこういう展示方法が可能になるのだと思った。個人的にはコンタクトプリント(ベタ焼き)が一瞬でも見れたのが興味深いところ。
第二部は都市に目を向ける次世代の写真家たちの展示。個人的に面白かったのは沈昭良の移動式の大型ステージトラックを撮った台湾での一連の写真が興味深かった。水島貴大の大田区のストリートスナップ。あの場面でシャッターを切ることのできる人間関係を作れるのがすごい。多和田有希の写真を物質化して考えてみるアプローチが自分にとってとても新鮮だった。写真の一部を切り取ってその影も同時に展示するという方法は自分では絶対に思いつかない。

建物のデザインが素晴らしくカッコいい。手前は展示のスタート、奥は出口。窓の外に藤原聡志の作品がうっすら写っている。

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